【ヤマハ シグナス グリファス】軽快感や取り回しの良さを失っては「シグナス」を名乗れない
2003年に発売が始まったヤマハの原付2種スクーターが『シグナスX』だ。利便性に優れるシティコミューターとして幅広く支持されてきたわけだが、先頃すべてが刷新された『シグナス グリファス』がデビュー。今回、その開発メンバーに様々なエピソードを聞くことができた。関連画像を見る前後編で紹介するインタビュー。前編では車両コンセプトから、エンジンが空冷から水冷になった経緯、それを搭載するために開発されたボディ、フレームについて聞く。【インタビュー参加メンバー】望月 幹:プロジェクトリーダー CV開発部SC設計G柳原 佑輝:カテゴリープロジェクトリーダー GB統括部コミューターグループ勝山 祐紀:エンジン設計PC 第1PT設計部SC-PT設計G藤原 雅司:エンジン実験PC 第1PT実験部SC-PT実験G改良を積み重ねてきた「X」から一新した「グリファス」----:先代モデルであるシグナスXは、125ccクラスのスタンダードモデルとして人気を博してきました。初登場が2003年とのことなので、実に息の長いモデルでしたね。望月:2007年にF.I.(フューエルインジェクション)を採用して環境性能を高めた他、タコメーターの追加(2011年)、リヤブレーキのディスク化(2015年)など、ニーズや時代に応じた改良を積み重ねてきました。おおまかには5世代に分けられるのですが、コンセプトは守りつつ、商品力を磨き上げてきました。----:シグナスXには、「タフネス・コンフォート・コミューター」というキャッチコピーが掲げられていました。これはどういったものだったのでしょう?望月:走行性、経済性、利便性など、シティコミューターとして求められるすべての要素を高めることを目的にしていました。ライバルモデルと比較した時に、あらゆる項目でワンランクずつ上回る。そういう徹底した性能の底上げに注力してきたモデルが、シグナスXです。----:今回、車名の末尾が「X」から「グリファス」(=コンドルなどの大型猛禽類)に変更されました。そこにある意図や狙いを教えてください。望月:エンジンやフレームといった主要コンポーネントに加えて、外装デザインも刷新しています。つまり、すべてが新しくなったシグナスを、より明確に感じて頂けるように、車名も変えることにしました。----:ということは、シティコミューターとしての在り方も異なっているのでしょうか?望月:いえ、先程申し上げた走行性や経済性、利便性の上乗せはグリファスになっても同様です。Xの最終モデルからワンランク、もしくはそれ以上の性能向上を目指して開発が進められ、コンセプトの根幹は変えることなく、大幅なアップデートができたと考えています。----:なるほど。開発はいつ頃から始まったのですか?望月:5年ほど前のことです。最大の理由は環境性能への適合ですね。ご存じの通り、排ガス規制を筆頭に年々バイクを取り巻くレギュレーションは厳しさを増しています。その中、Xには一貫して空冷エンジンが採用され、充分な競争力があったわけですが、限界はやがて来るでしょう。それを想定し、水冷化を前提としたシミュレーションから開発プロジェクトがスタートしました。水冷化のメリットと、NMAXとの違いは----:水冷エンジンを搭載する125ccクラスのスクーターと言えば、『NMAX』がラインナップされています。グリファスのエンジンとは同系でしょうか?望月:基本的に同じユニットですが、それをグリファスに合わせて最適化しています。----:具体的にはどういった部分ですか?藤原:主に変速機構に関わるパーツです。NMAXは欧州を主要マーケットにしているのに対し、グリファスのそれは台湾と日本です。使用される速度域や道路環境が異なるため、変速特性を変更しています。減速比を見直し、ローギヤにすることのよって軽快な加速感を実現。欧州よりもストップ&ゴーを多用する場面が多いため、発進加速の小気味よさを重視したセッティングを施しています。----:水冷化によってパワフルになり(X:9.8ps/グリファス:12ps)、NMAXよりは低速域でのレスポンスを重視。経済性を重視するユーザーにとっては燃費が心配なところですが?勝山:我々が「BLUE CORE(ブルーコア)」と呼ぶ水冷エンジンは、空冷エンジンよりも格段に燃焼効率や冷却性能は向上し、その一方でフリクションは低減。それらは燃費にも表れていて、結果的にX比で20%ほど伸びています。藤原:NMAXとの比較ではWMTCモード値こそ、やや下回っているものの(2.4km/リットル差)、60km/hの定地燃費値は0.1km/リットルの差と、ほぼ同等。NMAXの数値はアイドリングストップシステムを機能させてのことですから、同条件下ではデメリットと言えるほどの差ではないと思います。----:たしかにそうですね。カタログスペックを比較すると、Xの燃費が37.3km/リットル(WMTCモード値)だったのに対し、グリファスは44.5km/リットルとその差は歴然。燃料タンク容量こそ、やや減少していますが(X:6.5リットル/グリファス:6.1リットル)、航続距離で考えると30km近く伸びている計算になります。柳原:エンジン単体で見れば水冷化のメリットは大きいのですが、一筋縄ではいかない部分もあり、それがエンジンの大型化です。軽快感や取り回しの良さを失っては「シグナス」を名乗れない----:構造がシンプルで部品点数も少なくて済む空冷エンジンに対し、水冷エンジンは複雑で、ラジエターなどの補器類も必要ということだと思います。どれくらい大きく、もしくは重くなったのかを教えて頂くことは可能でしょうか。勝山:エンジンの横幅だと100mmほどワイドになり、重量は約4kgアップしています。(補器類含む)----:完全にひとまわり大きいと表現して差し支えないサイズですね。フレームが一新されたというのも納得です。リリースには「左右非対称メインパイプの採用」とありますが、これはエンジンを収めるための工夫でしょうか?柳原:そうです。エンジン本体の右側にラジエター、左側に大型化したエアクリーナーボックスが備えられていますから、同一意匠のフレームに搭載しようとするとホイールベースも車体幅も広がっていきます。すると、従来モデルが築いてきた軽快感や取り回しの良さが失われ、シグナスを名乗る必然性もなくなります。そのため、コンパクトな車体の維持に最も苦労しました。メインパイプが左右非対称になったのもそのひとつで、エンジンを前方に詰めつつ、他のコンポーネントとのクリアランスも確保できる位置を探った結果です。----:エンジンの重量が増したということは、それを支えるフレームの剛性も高めなければいけませんよね。そのあたりの対策はどのようなものでしょうか?柳原:今回、高張力鋼板を多用して剛性を確保しています。そのぶん、これまであった補強部材を排除してスペース効率を見直したり、補器類のブラケットを集約することによって部品点数を軽減。結果、0.4kgの軽量化と25%の剛性向上を達成することができました。エンジンとその補器類だけで4kg重量が増しているにもかかわらず、車体全体ではX比で6kgのプラス(X:119kg/グリファス:125kg)に抑えられているグリファス。とはいえ、本来の持ち味である軽やかなハンドリングに影響はないのか。また、安全性や利便性はどのような進化しているのか。後編ではそのあたりを探っていく。
レスポンス 伊丹孝裕