【PCゲーム極☆道】第四十九回:夏を知らない女の子が夏を目指して旅する、エモーショナルなラン&ジャンプ『Summer Catchers』
暑い……! 8月も終わりに近づきましたが、暑さが治まる気配すら感じない猛暑です。みなさん、熱中症対策だけはしっかりお願いします。いやー。そろそろ夏にはご退場いただいて、過ごしやすい秋にならないかな……なんて考えてしまいますよね。夏はあまりの暑さに多くの人に疎まれがちです。
でも、夏には夏にしかない魅力が、美しさがあるはずです。みなさんのまだ知らないPCゲームの世界を紹介する「PCゲーム極☆道(きわめみち)」。今回はそんな夏へと向かうアクションゲーム『Summer Catchers』を紹介いたします。
『Summer Catchers』はウクライナのザポリージャに拠点を置くベンチャーIT企業FaceITが開発したゲームです。FaceITは基本的にはWebサービスやスマートフォン向けアプリケーションの開発や、デザイン、マネジメント業務などを手掛けています。ゲームはメインの会社ではないのですが、ちまちまとゲーム制作を行っているようで今作が同社の2作目の作品となります。
ちなみに『Summer Catchers』は2014年にベラルーシで開かれたカンファレンスで賞を受賞した作品で、会社の規模から考えるとかなり長い開発期間を経ています。通常の業務の間に少しずつ開発を進めてきたということでしょうね。インディーゲームはこういうサイドビジネスとしての形もあり得る。個人的にとてもすばらしいことだと思います。
年中冬が続く森に住む女の子は夏を経験したことがありません。夏ってどんな季節なんだろう。彼女はどうしても夏が知りたくなりました。
でも、夏があるとされる海はこの森から遠く遠く離れた場所にあり、しかもこの冬の森には森から出ようとする者を阻む怪物までいます。夏を見ることは、夢のまた夢なのです。
ですが、女の子はその若さか、好奇心か、自分の気持ちを抑えられません。そして木こりのオオカミおじさんに言います。
「夏ってどこで見られるの?」
気のいいおじさんは根負けしてお手製の車を作り、女の子の夢を応援します。かくして女の子の長い長い夏を目指す旅が始まります。
というストーリーで始まる『Summer Catchers』は、主人公である女の子となり、遠い地である夏を目指し車を走らせるアクションゲームです。車を走らせる……とは言いましたが、レースゲームのように車を運転するゲームではありません。車は右へ自動で走り、プレーヤーはジャンプやバンパーなどのアクションを行って障害物を回避していきます。いわゆるラン&ジャンプ系と呼ばれるゲームと言えるでしょう。
夏があるという海を目指し車を走らせるストーリー、ドットアートで美しく彩られたグラフィック、サウンドチームGeek PilotによるカッコイイBGM、インディーゲームを遊んでいる方の琴線にビンビン触れるゲームです。
カッコイイBGMをバックに美しいドットアートの風景を眺めるだけで、うっとりできること間違いなしです。
ただ、本作はほかのラン&ジャンプ系とはかなり違ったプレイ感になっていて、ここが人を選ぶポイントになっています。
というのも本作はラン&ジャンプ系によくある、プレーヤースキルを上げて障害物をバンバン回避するあの快感はありません。どんなに練習しても、障害物を避けられないタイミングが発生するように作られています。
本作の特徴として、まず障害物を避けるジャンプやバンパーといったアクションはカバンから引いた3つからしか使うことができません。アクションをカードゲームのカードと捉えるとわかりやすいでしょう。カバンが山札、引いた3つのアクションが手札です。つまり、手札に今必要なアクションがなければ障害物を回避することができません。プレーヤースキルではどうにもできないタイミングが絶対に出てきます。
しかもこのアクションがさらに厄介で、なんと使うと消えてなくなってしまいます。運よく障害物を回避し続けられたとしても、結局アクションがなくなってゲームオーバーになる。そういう作りになっているんです。
アクションはラン前に買い足してスタートするシステムになっているので、購入するアクションの枚数を調整してカードの出る確率を調整することは可能です。ですが、アクションを買うお金もバカになりませんから、たくさん買うことはできません。なのでラン&ダッシュで海を目指すと聞いて想像する、冬の森から夏の海までミスしなければ一直線に走り続けられる……というゲームでは決してありません。そもそも本作はステージの区切りがありますしね。
「なんだか想像と違ったかも」と思ってしまう人も多いかもしれませんね。実はボクも最初はゲームオーバーしまくりで爽快感のないシステムだな……と思っていました。
でもね。実はこのゲームオーバー前提で作られたラン&ダッシュというのが後々効いてくるんですよ!
先ほど書いた通り、本作でプレーヤーが進む道は長く長く、とても険しい。それは当然ゲーム内のストーリーにも表れてきます。竜巻が邪魔で通れない。謎の目玉に監視されて谷を抜けられない。という感じで。
当然女の子は足止めを食らってしまうわけですが、「ここを抜ける手助けをしてあげるから、仕事を手伝ってよ」という協力者が現れます。こうして女の子であるプレーヤーはいくつかのミッションを頼まれるんです。これをこなすためにたどりついた拠点の回りを何度も何度も走り回ります。
で、このミッションがまた大変なんですよ。山札の中に混じる特殊アクションで木をタイミングよく切ってほしいだとか、空飛ぶ鳥にジャンプで近づき羽を100枚ほど集めてほしいだとか。ただでさえ手札が3枚しかなく障害物を避けるのに必死なのに、そこからミッションクリアのために手札を切らなければならない。これでは失敗しないほうがおかしい。いやというほどプレーヤーはゲームオーバーし続けることになります。
でもどれだけゲームオーバーを繰り返したとしても、女の子は夏が見たいんですよ。女の子は車から投げ出されながら、明るく失敗を受け入れて次の挑戦へと向かうんです。
ほんとこの女の子は折れない。ゲームオーバーすると車が壊れるんですが、それを毎回修理して(わざわざそういう演出が入る)、夏へと進むためにひたむきに努力するんです。プレーヤーの心が折れそうになったときも、女の子は壊れた車を拠点までひっぱってきて、修理している。
つまりですね。このゲームオーバーをたくさんするこのシステムは、女の子が夢へと向かう姿勢、何度失敗しても夢を諦めない行動を追体験するためのものだと私は思うんです。
これだけ長く、ゲーム内でも行けるはずがないと言われる道のりですよ。失敗をせずに進めるなんてことはありえない。何度もゲームオーバーをして、もうだめなんじゃないか、このゲームはもうやりたくないと感じるぐらいじゃないと、この冒険の難しさは伝わらないわけです。だからこそ、ゲームオーバーをたくさんしてしまう特殊なシステムにこのゲームはなっている。
先ほど説明したミッションも、1つのミッションを除いてすべて累積で進捗が反映されます。10個アイテムを集めるミッションは何回も挑戦して10個集めればいいわけです。こういう部分もちゃんとゲームオーバーをたくさんすることを前提として設計されています。プレーヤーは、ミッションに挑んで何度も何度もゲームオーバーを繰り返していくうちに、夏を見るという夢の難しさと、それに向かってひたむきにがんばる女の子の思いを感じ取れるわけです。
もうね。思い入れが半端ない。
気付けば、女の子の夢に寄り添っている自分がいる。こんなにがんばった女の子を、自分を、夏へと連れて行ってあげたい。そんな気持ちがむくむく沸いてくるんです。
このゲームはこのあたりよくわかっていて、こういう思い入れをしっかり盛り上げる演出を入れてくるんですよ! 旅の場面がアルバムに記録されたり、過去に出会った人々に手紙を次の拠点から送ったり、長い旅の思い出を形として見せてくれるんです。こういうちまちまとしたところが凝っていて、気持ちをガンガン盛り立てられます。
さらに、女の子には道中さまざまな出会いやできごとが待っているわけですが、これがちゃんと伏線としてつながってくる。このストーリー展開がいい。なぜ女の子の夢の物語なのに『Summer Catcher"s"』なのか。ぜひともゲームオーバーを繰り返し、ゲームをクリアしてほしいところです。
ゲームオーバーばかりで爽快感のないゲームが、思い入れの力で見え方がぐっと変わってくる。なかなかおもしろい構造のゲームだと思います。万人にはなかなか薦めづらいゲームかもしれませんが、刺さる人にはぐっさり刺さるタイプのゲームでしょうね。
ボクもこのゲームをクリアするまでは、想像の5倍ぐらいボリュームがあって(ボクがクリアに要したのは9時間ほど)全然原稿作業に入れなくてツライ……とか思ってましたけど、クリアしたあとはなんかもうすべてが美しい思い出になったので許せました。予定よりもずっとゲームクリアに時間がかかったので、今これを書いているのは原稿納品予定日の午前5時です。でも許した。最後、夏の海が見れたのがあまりにもうれしくて泣いたし。
いやーあまりにも感化されすぎたんですかね。今年の夏、海に行ってないことを今メチャクチャ後悔してます。海……まだ間に合うかな……。今年最後の夏の思い出を作ろうかと、悩んでいます。