滞仏日記「三四郎、人生最大のピンチ! 恐るべき都会での大試練」 | Design Stories
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三四郎がここパリでの生活をどう思っているのか、ぼくにはまだわからない。でも、彼は毎回、ぼくに飛びついて来るし、初日は、「嬉しょん」もしたし、毎朝、一日中、ぼくを見つけると尻尾とお尻としまいには全身を激しくふって、その喜びを笑えるくらいに表現してくる・・・。この小さな子犬がこんなにぼくを必要としてくれているのが伝わって来て、育て甲斐があるし、単純に嬉しいし、人生や子育てに疲れ果てていたぼくにとっては、間違いなく、生きる希望の星なのであーる。ただ、もしかすると、彼は彼なりにこの辻家での新生活に、何よりもここパリでの移住生活に、ぼくなんかには想像できないほど神経をすり減らしている可能性がある。田舎生まれの子犬にとって、ここパリはあまりに巨大な都会なのであった。昨日の夜、その大きな試練が彼の前に出現をした。
ぼくは締め切りに追われて、バタバタしていた。掃除をする時間がなかったので、昨夜、食堂とサロン(リビングルーム)の掃除だけ、五郎に任せてしまったのである。五郎というのは掃除ロボット・ルンバ(日本未発売の最新版)のことで、なかなかの優れものなのであった。いつかは、三四郎を怖がらせないようにきちんと場を設けて紹介してやろうと思っていたのだけど、予期せぬ恰好での出会いとなってしまった。ぼくは、五郎が掃除をしていることを忘れて、食器を洗うためにキッチンへと向かった。三四郎の部屋(玄関間)からだと、一度食堂に入らなければキッチンへは行けない。しかし、三四郎はぼくの後を追いかけてくる。これはいつものことなのだ。なので、外に出る時は、三四郎を追い払わないとならないが、好奇心旺盛の三四郎は怒ろうが、払い除けようが、なんのその、どんどん、突進してくるのであーる。なので、部屋を出る時は急いでドアを閉めないとならない。しかし、一瞬、ぼくの制止が間に合わなかった。三四郎に「入っちゃだめだよ、そこまで!」というタイミングがいつもよりちょっと遅かったのもいけなかった。ぼくの背後から青い光線が照射された。そのサーチライトの光りが、三四郎の眼球を移動するのが、見て取れた。あ、振り返ると、ぼくの真後ろに五郎が迫っていた。五郎はちょうど、開いた扉の向こう側、三四郎の部屋の方へと回転したところだった。すると、三四郎がドアの手前で動かなくなった。ちょうどいい、ここで紹介をしてやろうと思って、ぼくは三四郎の背後に回り、「五郎だよ。優秀なロボットなんだ。かっこいいね。君は知らないと思うけど、パパの代わりに、掃除してくれるんだ。でも、心配しないで、彼はめっちゃ優しいから」と説明をした。説明しながら、持っていた携帯でその貴重な瞬間を激写、と、その次の瞬間、三四郎が背後に驚くほど高くジャンプをして、一目散に自分の部屋の奥へと避難してしまった。『キャット空中三回転並み』の素早さ。瞬発力あんなー、と関心した父ちゃんであった。
五郎はドアが開いたので、そのまま、三四郎の部屋へと侵入をした。ぼくの手前でぼくを認識し、一回転し、なんと、今度は、三四郎めがけて動き始めたのである。驚いたのは、ど田舎から出てきたばかりの三四郎・・・。ロボット掃除機など見たこともない。それは恐ろしい音をたてながら、ぐんぐん、三四郎めがけて接近していった。三四郎は、右へ左へ飛び回って逃げようとするのだけど、ドアというドアはすべて閉じられているのだ。五郎の右前部には何か奇妙な刷毛のようなものがついていて、それが、生物の触手のようにぶんぶん動き回っている。聞きなれない機械音をたてながら、どんどん、三四郎を追い込む五郎・・・。五郎を止めたいのだけれど、彼は掃除しながら同時にこの家の間取り図を作成している。急に持ち上げたり、止めてしまうと、赤い顔になって動かなくなってしまう。データも全部飛んでしまうかもしれない・・・。(よく、知らない)なので、携帯を取り出し、「基地へ帰還」というボタンをクリックした。五郎は三四郎の手前で間一髪静止した。それからしばらく考えて、ぶいんぶいん、言わせながら、方向展開をしたのだ。青白いライトを照射しながら、五郎丸は再び動き出した。三四郎はぼくのロッキングチェアの下に隠れて、動かない。彼がこの奇妙な生物(?)に怯えていることは明白であった。蒼白な顔は、もはや老犬のそれ、しかも引き攣り、目は見開き、吠えることさえできないでいるのだ。
ところで、この出来事は三四郎にとってはトラウマになったようだ。その後(まだ一日しか経ってないけど、今のところ)、彼はぼくの後を追いかけて来なくなった。自分の部屋の外に出ようとしなくなった。外の世界には、かつて見たこともない異様な生物がいる、ということに気づいてしまったのである。息子が自分の部屋から出てきて、離れた場所で、うずくまっている三四郎を見下ろした。「彼、どうしたの?」「それがね、五郎と対面しちゃって、ショックを受けてる。だから、ドアには近づかなくなった」息子がクスっと微笑んだ。「よかったじゃない。キッチンには彼が食べちゃいけないものが溢れている。玉ねぎとか、チョコレートとか、パパは片づけないで、いつも、そのままにしているから、ぼく、心配だったんだよ」「え? あ、そういう考え方もあるね」ぼくらは笑いあった。三四郎はちっとも笑ってはいなかった。
その夜は、五郎の悪夢を見たのか、真夜中に、三四郎がぼくのドアを小さく、ノックし続けた。前脚で、ひっかく感じ、・・・吠えなかったけれど、「くうううーん、くううー-ん」と小さな声で、訴えていた。訳すと、怖いから、そっちで寝かして貰えないかな、という感じだろうか?ま、ぼくは仕事をしていたのだけど、聞こえないふりをした。ここで、開けてしまったら、癖になる。躾は最初が肝心なのだ。同時に、都会暮らしもこういう試練の連続なので、自分で乗り越えていかないとならない。灯りを消して、ぼくは、寝たふりをした。今、パリはファッションウイーク真っ盛りなので、コロナ禍だというのに、どこもかしこも、おしゃれな、奇妙な恰好をしたファッション関係の人たちで溢れかえっている。そういう光景にも、三四郎は少しずつ慣れ始めている。銀行に行かないとならなかったので、今日は一緒に連れていくことにした。19世紀に出来た、フランス大手の巨大な銀行は子犬にとっては別世界であった。そして、生まれてはじめてオペラ座前を通過した、子犬・・・。ぼくらは仲良く、ヴァンドーム広場のど真ん中で記念撮影をした。「パパさん、早く帰ろうよ」三四郎がうんざりしているのはわかっているのだけど、ぼくは彼に花の都パリをもっと紹介したくてしょうがなかったのである。つづく。
※ 後ろのフランス人のお姉さんは、この物語には一切関係ございません。あはは、・・・。
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