MIT Tech Review: GEが始めたIoT革命は何をもたらしたか?
2011年11月、ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフリー・イメルトCEOは、製造業を変革するために10億ドルの資金をソフトウェア開発に投じると発表した。2000年代初頭まで、地球上で最も価値のある企業として君臨したGEは、2017年3月の時価総額ランキングで13位まで後退し、時価総額はアップルの7537億ドルに対して、2605億ドルしかない。
今や産業界を支配しているのはソフトウェア業界だ。GEは昔から、ジェット・エンジンや医療スキャナーの素材や物理特性について、最も熟知しているのは自社であり、産業機器の理解度の深さで脅威となる企業は現れないと思い込んでいた。だが、IBMのようにデータ分析に長じた企業が次第にGEを脅かし始めた。IBMはガス・タービンのような高価な機器がどんな条件で動作不良を起こすか、計器類や振動モニターから得られるデータを分析するだけで把握できるようになったのだ。
IBMのようなソフトウェア企業は、データ分析の形で産業機器への進出を果たした。産業機器部門で年間600億ドルの売上高を誇るGEには一大事だ。利益率が高いのは産業機器の保守運用サービスだが、現在、さまざまなソフトウェア企業がGE最大の収益源に食い込もうと狙っている。
そこでGEが2012年に対抗策として提唱したのが「インダストリアル・インターネット」だ。
GEはインターネットの将来についての議論を一変させてしまった。2012年まで、他の企業は、自動車や人体、トースターをインターネットにどうつなぐかの話ばかりしていた。しかし、全世界のGDPで大きな割合を占めるのは製造業だ。イメルトCEOは「家庭にある全ての電化製品をインターネット経由で管理できても、電化製品のビジネスから得られる売り上げは、航空機や医療機器の製造に比べればほんのわずかだ」とわかっていた。
GEの問題は、産業機器から生み出される全データにはアクセスできないことだ。GEが2013年に設立した業界団体インダストリアル・インターネット・コンソーシアムのリチャード・ソレイ事務局長は「インターネットにつないでデータを送受信する発想の欠如」が製造業の発展を遅らせてきたという。ジェット・エンジンには何百ものセンサーが付いているが、計測は離発着時の各1回と、飛行中の1回にすぎない。GEの航空部門は数年前、ようやく離陸から着陸までの全行程のデータを数日で分析する方法を見つけた。「信じられない話ですが、今まではデータを収集しようとは考えもしなかったのです」とソレイ事務局長はいう。
GEは、インターネットへの接続性を高めて、より多くのコンピューターを使い、産業機器に「新しい動作」を追加するために何をすべきかを考えているという。GEインテリジェント・プラットホームスのバーニー・アンガー統括マネジャーは一例として、タービン間で連携し、風速や風向の変化に合わせて風車ごとの回転速度を調整する集合型の風力発電所をあげる。「グーグルになりたくてビッグデータ分析を進めているのではありません。製造業を大きく変えたいのです」
ただし、実際に工場でデータを取得しようとすると、機器の接続問題が生じるという。工場内のすべての機器を有線LANで接続すれば、施設内がケーブルだらけになってしまう。無線LANで接続すれば、大量のデータが帯域幅を食い尽くしてしまう。GEがいう「インダストリアル・インターネット」は、あくまで旗印と掲げられた「大きな物語」(メタナラティブ)であり、本気で実装するのは無理がある。
⇒製造業をネット化する GEの巨額投資
IoTは、グーグルが2013年にネストラボを32億ドルで買収したことで、一躍注目を浴びた。日常的に使うモノをインターネットにつなぐ価値を、グーグルの投じた驚異的な金額で誰もが理解したのだ。
2012年5月にテキサス州で始まった制度は興味深い。オースティンの市営電力会社オースティン・エナジーは、ネストラボに使用料を支払うことで、電力の卸売価格が最も高騰する夏の猛暑時(米国では州単位で電力の自由化が進んでおり、配電会社と小売会社との間で実施される、需給バランスに基づくオークションで卸売価格が決まる。テキサス州の場合、人口増に伴う電力需要の増加に供給能力が追い付かず、冬の寒波や夏の熱波で電力需給がひっ迫し、卸売価格が高騰する状況が続いていた)に、ネストラボのサーモスタットを使っている各家庭のエアコンの出力を遠隔操作で落として節電できるようにしたのだ。
電力会社にとって、このような需要応答(デマンド・レスポンス、電力需要増に対し、発電所の増設などで電力供給量を増やすのではなく、需要側の電力消費を変動させて安定供給を図る手法。たとえば、時間帯ごとに電気料金を変えて、利用者を負荷の低い時間帯に誘導したり、電力削減に応じた利用者に対価を支払ったりする方法がある)は長らく、スマートグリッド(通信制御で電力の需給バランスを最適化する次世代送電網)実現の切り札だと考えられてきた。電力使用のピーク時に供給量を抑えられれば、コストがかさみ環境汚染につながるバックアップ用の発電所を稼働させずに済む。
ネストラボのサーモスタットは、家庭に備え付けられるとデータ収集を始める。動作検知器や温度・湿度・光量を計測するセンサーを内蔵し、居住者の習慣や好みを学習して温度や電気使用量を設定するアルゴリズムが組み込まれている。データ収集機能はほんの序の口だ。グーグルが利用者の情報をWeb広告業者との取引材料にしたように、ネストラボも商品の性能を生かして電力会社に新しいサービスを売り込もうとしている。
2012年頃から、オースティン・エナジーはネストラボに限らず、空調の遠隔制御に同意したスマートサーモスタットの利用者に85ドルを支払うサービスを始めた。メーカーにはサーモスタット利用者の加入時に25ドルを支払い、さらにサーモスタット1個につき毎年15ドルを支払う。
オースティン・エナジーのエンジニア、サラ・トーキントンによれば、サービス登録者数がさらに増え、デマンド・レスポンスで13MW以上節約できると見込んでいる。オースティン・エナジーがキャッシュバックで総額200万ドル支払うとしても、天然ガスの発電所を1基新設するよりは安くつく。
⇒進化したサーモスタットが 発電所を不要にする
フランスの国際的貨物輸送企業ログフレ(Logfret)創業者の孫で、米国法人で販売担当役員を務めるアレクサンダー・ミレーが、中国から米国へ、あるいは米国からヨーロッパに発送する貨物を予約する方法は、祖父ジャン・フランソワ・ミレーが1970年代に同社を設立したときとほとんど変わらない。ログフレは、世界的な代理店ネットワークを活用し、各国の関税、税金、罰金、港湾の要件を知り抜いており、ミレーは、トラック運送会社や航空会社、船主と価格交渉し、大量の貨物輸送による好条件を引き出し、節約した一部を顧客に還元する。
ミレーは24時間以内に顧客に見積りを出すように心掛けているが、貨物輸送業界では通常、運送費の見積りを出すだけでも2、3日かかることがある。商品や原材料を鉄道や船、飛行機で発送する1兆ドルのグローバルビジネスは、透明性とスピードの両方において、他の業界がこれまで経験してきたコンピューター化やクラウド化の波をほとんどかぶっていない。一方で、資金力が豊富な成長中のスタートアップ企業が、海運業界の変革を推し進めている。
たとえば、2016年に参入したオンライン市場のフレイトス(本社イスラエル)は、旅行案内サイト「エクスペディア」の貨物版のような役割を果たし、送り主がオンラインで予約できるようにした。ビジネスチャンスを狙っていたミレーは、新規の中小企業顧客を見つける手段として、フレイトスの高速な見積が使えるとひらめいた。フレイトスでは、顧客企業は、数日ではなく、数秒で複数の運送業者から見積の回答を得られる。価格は、たいていの場合、オフラインの見積額よりも安い。
⇒1兆ドル産業の海運業界にはIoTの巨大なビジネスチャンスが転がっている
米国中の保険会社は、IoT機器の設置を後押しするサービスを提供している。自宅にインターネット接続型機器を取り付けると、住宅保険がお得になるサービスを提供し始めたのだ。機器の種類には湿度センサーから映像付きのドアベルまで、実にさまざまだ。
たとえば、USAA(米軍関係者とその家族向けの保険会社)やアメリカンファミリーなどの保険会社は最近、ハイテク製品のバーゲンセールを開始した。ステートファーム保険(米国最大の損害保険会社)は住宅セキュリティーモニター「カナリア」の設置を条件に住宅保険料を割引いている。
リバティーマチュアル保険(米国第2位の損害保険会社)は販売価格99ドルの火災報知器「ネスト・プロテクト」を無料で配布し、機器を受け取った加入者の住宅保険料から火災保険料を割り引くサービスを提供している。
このようなサービスがスマート家電の普及を促進し、保険ビジネスに大きな変化を与え、住宅管理の方法を変化させるかもしれない。将来的には、たとえば、家の水道管が破裂する前に保険会社が配管業者を呼んでくれるかもしれない。
一部の保険業者はより多くのことを望んでいる。顧客が自宅にインターネット接続型家電を取り入れるよう促すことで、自社に利益をもたらす大量のデータが手に入ると考えているのだ。スマート家電から得られるデータを使って、 従来のクレーム対応業務をより効率的にこなしつつ、顧客との新たな関係を築けるかもしれない。顧客の自宅から提供されるデータがあれば、保険業者は顧客に対して住宅メンテナンスの優先事項を知らせ、水漏れなどの問題が大きな損害を引き起こす前に手を打てるだろう。
USAAイノベーション事業部のジョン=マイケル・コウォール部長補佐は、自身が生み出したいと考えているのは「住宅のためのエンジン警告灯」のようなものだという。たとえば、もうすぐ水道管が壊れそうなとき、湿度センサーのデータをもとに保険会社が入居者に対して警告したり、あるいは子どもが時間通りに学校から帰ってきたかを通知したりできるようになるかもしれない。
日本国内では損害保険会社の役割が多少異なるため、海外事例はそのままでは参考にならない。しかし、老朽化した水道管やダムを監視し、データを蓄積することで危険を察知する研究は進められている。
⇒なぜ米国の損保会社はIoT機器設置で保険料を値引きするのか?
1992年、フロリダ南岸を襲ったハリケーン・アンドリューは数十人の死者を出し、250億ドル以上の損害を与えた。この嵐では、損害保険会社による自然災害の被害額の算定方法に重大な欠点があることが明らかになった。多くの保険会社は嵐の後の数カ月で巨額の損失を出し、破綻した会社まであったのだ。
現在、保険会社はサイバー攻撃の可能性に対して、経済的な観点で予測しようとしている。1992年の災害による教訓も生かせるが、自然災害とは違って、解決がとても難しい問題でもある。
保険会社はサイバーリスクの正体を把握しかねている。壊滅的な損害によって、保険会社自身が危うくならないような保険構造を確立する方法も不明のままだ。
⇒なぜ損保会社はサイバー災害保険の商品化に苦慮しているのか?
サイバー攻撃の被害想定額を算出できないほど大規模にしたのはボットネットだ。現在、「IoT」であふれかえる安価なWebカメラやデジタル映像レコーダー等のガジェットのせいで、ボットネット問題は深刻さを深めている。低価格なIoT機器は一般的にセキュリティが低いか、セキュリティが全く考慮されておらず、ハッカーは大した手間をかけることなく機器を乗っ取れるのだ。そのため、同時に複数のサイトを停止させてしまう巨大ボットネットの構築は、かつてないほど簡単になった。
最も注目を浴びるボットネットの活動はサービス不能(DoS)攻撃だ。金銭的な動機のあるグループは恐喝のためにDoS攻撃を使っている。政治的なグループも、DoSで好ましくないWebサイトを沈黙させる。DoS攻撃は確実に、今後のサイバー戦争の通常の戦術になるだろう。
⇒2017年版ブレークスルー・テクノロジー10:モノのボットネット
GEがソフトウェア業界に対抗するために生み出したIoTは、一般消費者向け機器のネットワークを超え、産業界全体をつないで経済活動を効率化させる一方、ハッカーに悪用されれば保険会社が損失を見積もれないほどの影響力を持つ「モノのボットネット」誕生につながったのだ。
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