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EV電気自動車新車装着タイヤの最前線を走るYOKOHAMAの今後に迫る...横浜ゴム タイヤ製品開発本部長

トヨタは2030年のEV(電気自動車)およびFCV(燃料電池自動車)の販売台数を350万台、ホンダは2040年のEVおよびFCVの販売比率をグローバルで100%、日産は今後5年間で電動車への投資を約2兆円と発表するなど、日本でもEVシフトへの動きが加速してきた。

欧州はもっと前のめりで、2030年の温室効果ガス削減目標を1990年比で少なくとも55%削減する“Fit for 55”と呼ばれる政策パッケージが提案され、これによると2035年にはEV、FCV以外の自動車の販売は実質禁止となる。国や地域のエネルギー事情などによって色合いは異なるものの、EVが乗用車の中心的な存在になっていくことは疑いの余地がなさそうだ。

EV新車装着タイヤの現状とは

自動車の部品点数は、エンジン車では約3万点だったがEVでは約2万点に減り、サプライチェーンにも大きな変化が起こると言われているが、自動車の足元を支えるタイヤはどうなるのだろうか?EVになっても4つのタイヤを履くことに変わりはなく、あいかわらず黒くて丸い見た目をしているが、その中身にEV特有の変化はあるのか?ここではBMW iX3へ「ADVAN Sport V107」を新車装着(OE)用タイヤとして納入を開始するなど、プレミアムブランドのEV新車装着へ積極的な姿勢を見せている横浜ゴムの清宮眞二氏(執行役員 技術統括補佐 兼 タイヤ製品開発本部 本部長)に話を聞いた。

ADVAN Sport V107

本格的なEVシフトは、いま始まったばかりといったところで、今後は車種が爆発的に増えていく。欧州勢は積極的であり、なかでもプレミアムブランドの動きが早いのは、高価になりがちなEVであっても、付加価値の高い商品であればエンジン車との差分を吸収しやすいからだろう。つまり、価格帯の高いところから低いところへ向けて滴り落ちるようにEVシフトが進行していくことが自然な流れであり、さらにはプレミアムブランドのなかでも大型で高価なセグメントほど早くEVラインアップが充実していくのだろう。BMW iX3以外でもEV新車装着タイヤのニーズは増えているのだろうか?

清宮氏「おかげさまでたいへん多くのニーズを頂いています。まだ具体的な車種は言えませんが、プレミアムブランドのフラッグシップEV用の新車装着タイヤを開発中ですし、その他の依頼も増えています」。

横浜ゴム株式会社 執行役員 技術統括補佐 兼 タイヤ製品開発本部 本部長 清宮眞二氏

EV用のタイヤに求められる要件とは一体どんなものなのだろうか。モーターは回り始めた瞬間から最大トルクを発生できるという特徴があり、エンジン音がなく静かだからロードノイズやパターンノイズが目立ちやすい。また、現在のバッテリーの技術では航続距離が課題。伸長させたいならバッテリーを大容量にするのが手っ取り早いが、それだけ車両重量は増えていく。電費を良くしたいという事情もあるはずだ。

清宮氏「大トルクがあり車両重量が重いEVは、それを支えるしっかりとした強度や運動性能がタイヤには求められます。とはいえ、何かEV用に特別な技術を投入するといったことはないですね。これまで蓄積してきた技術を丁寧に進化させていけば十分に対応が可能です」

EVタイヤへのYOKOHAMAの積極的な姿勢

パイクスピークEVクラスに参戦(写真は2014年)

横浜ゴムのモータースポーツへの取り組みは今さら振り返る必要がないほど深い。現在では日本最高峰のスーパーフォーミュラへのワンメイク供給のほか、スーパーGTや全日本ラリー選手権といったいわゆるタイヤ戦争があるカテゴリーへの挑戦などはよく知られたところだ。

EV電気自動車新車装着タイヤの最前線を走るYOKOHAMAの今後に迫る...横浜ゴム タイヤ製品開発本部長

また、ゼロからEVレーシングカーとして設計されたフォーミュラEV X-01(日本EVクラブが2002年に製作)、電動レーシングカートのERK(日本EVクラブが2006年に製作)、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに参戦したオリジナルEVバギーのEV Racing Buggy ER-01(Team GEOLANDAR EV OFFROAD CHALLENGE により2009年に参戦)、横浜ゴムの自社技術を採用して製作したオリジナルEVコンセプトカーのAERO-Y(2013年に製作)など、EVのコンセプトカーやレーシングカーの足元を支えてきた歴史もある。こういった取り組みが背景にあるからこそ、EVの新車装着タイヤに求められる強度や運動性能なども、これまで蓄積してきた技術や知見の延長で進化させれば対応可能なのだ。

モータージャーナリスト 石井昌道氏

では、静粛性に関してはどうだろうか。他社では、EVを意識したであろう静粛性にこだわったタイヤに新たなサブブランドを与える例なども見られる。

清宮氏「弊社は現在EVにもADVAN、BluEarthブランドの新車装着用タイヤを展開しています。もちろんEVの新車装着タイヤには高い次元の静粛性が求められます。ただし、これも蓄積してきた技術を応用しています。パターンノイズの周波数を把握し、どうすれば分散させられるのかなどをシミュレーションで解析して開発していきます。また、車両によっては、サイレントフォームという吸音材をタイヤ内部に装着することで、パターン・構造と合わせてタイヤから発生する音の周波数をコントロールするなど、細かい改良の積み重ねで要求される性能を実現しているのです」。

優れた低燃費性能と運動性能を両立した「BluEarth-A(ブルーアース・エース)」を装着

ADVAN dB V552では、かつてない静粛性を実現した実績がある。パターンノイズは、トレッドデザインで9割決まると言われているが、その対応技術の蓄積も十分なわけだ。また、BMW iX3では国連四輪車走行騒音規制への対応として、接地圧が均一になるようタイヤプロファイル形状、パターン面においても配列を専用設計することにより、加速通過音の低減も実現している。

EV用新車装着タイヤを提供できるメーカーは一握り

では、EV用新車装着タイヤでとくに重視される性能はなんなのだろうか。

清宮氏「EVに必要不可欠とされるのは、航続距離の確保、電費性能改善という観点からくる転がり抵抗の低減ですね。タイヤの転がり抵抗は発熱によって起こりますので、これを小さくするためには主にコンパウンドがキーになります。BMW iX3でも専用コンパウンドを開発しました。これも低燃費志向のタイヤでずっと取り組んできた技術の延長線上です。

もちろん、転がり抵抗を低減したからといってグリップ力が落ちてしまってはいけません。欧州プレミアムブランドでは高い次元のバランスを求められますので開発は大変ですね。コンパウンド以外でも、タイヤの軽量化の効果も大きくプロファイルや内部構造にも改良を加え転がり抵抗を低減しています。とはいえ、これといった飛び道具はないのですよ。よく知られているようにシリカの配合技術などが転がり抵抗低減のコアですが、軽量化の技術開発も合わせて、これまた細かい改良の積み重ねです」。

横浜ゴム株式会社 執行役員 技術統括補佐 兼 タイヤ製品開発本部 本部長 清宮眞二氏

一昔前の日本のエコカーのタイヤは、転がり抵抗さえ低減できればグリップは二の次といった風潮が見受けられたが、横浜ゴムのエコタイヤはかつてはDNA GP(グランプリ)や、最近ではBluEarth-GTなど、低燃費と高い運動性能との両立にこだわった設計を続けている。また、速度域の高い欧州ではグリップは譲れない性能であり、プレミアムブランドともなれば、その傾向はなおのこと高かった。EVになるとさすがに転がり抵抗低減が重要項目になるが、グリップ力との両立レベルを高くすることが求められる。静粛性の高さ、重量級を支える性能なども含め、トータルで高次元にバランスしているタイヤがプレミアムブランドのEVでは必要なのだ。

清宮氏「もともと新車装着タイヤはトータルバランスが大切です。プレミアムブランドのEVでは、その次元が非常に高いということになりますね。だからこそ、我々も開発のしがいがあるのですが、モータースポーツやEVレーシングカー、静粛性の高いタイヤやスタッドレスタイヤの開発などで経験した、ある意味で特化した技術を駆使すれば、十分に対応可能であると手応えを感じているところです。また、プレミアムブランドのEVの新車装着タイヤの開発によって、さらなる技術の底上げにもなると期待しています」。

モータージャーナリスト 石井昌道氏

飛び道具はなく、これまでの技術を細かく改良して積み重ねていく。プレミアムブランドのEV新車装着タイヤが、そんなふうにして開発されているのを聞いて、意外と地味なものだなとも思ってしまったが、どこのタイヤメーカーでもできるというわけではない。現在、タイヤメーカーは世界で約100社はあると言われているが、対応できる先進技術を持ち合わせているのは上位の一握り。おそらく6社程度か、多くても10社といったところだろう。過去の技術の蓄積を活かした横浜ゴムは確実にそこに入っているのだ。

EVの世界になった時、着目すべきは足元

横浜ゴムは「CASE」「MaaS」「DX(デジタル・トランスインフォメーション)」といった時代の変化への対応として、「深化」と「探索」といった2つのアプローチを戦略として打ち出している。その一つの表れが高付加価値商品比率の最大化であり、「ADVAN」「GEOLANDAR」の新車装着を拡大しつつある。なかでもプレミアムブランドのEV新車装着は、確かな技術がなければ実現しえないものであり、戦略のコアだろう。

もう数年もすれば、プレミアムカーの多くがEVになっていくだろうが、その足元を見れば「ADVAN」のロゴがある、というケースが増えていくことになりそうだ。

横浜ゴム製作のオリジナルEV:AERO-Y(エアロワイ)YOKOHAMAの取り組みを詳しく知りたい方はこちら

石井昌道|モータージャーナリスト自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストに。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイクレースなどモータースポーツへの参戦も豊富。ドライビングテクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。