マッスルビーチに世界最強の怪力が集まるワールド・ストロンゲストマンに1日密着
重量136kgのタイヤをひょいひょい操る北欧の怪力男。
粉チョークをポンとはたき、がっぷり掴んで、砂浜を驚くべきスピードで運んでいく。最後の3本目を台に引き上げると、やっとベニスビーチの群衆を振り返り、喝采を一身に浴びる。
「Who is the king? I am!」
こんな力持ち、初めて見た。身長205cmの巨体で、1リットル半のボトルの水もまるで哺乳瓶だ。ただでさえ逞しい力こぶがタトゥーで余計にせり上がって見える。
TVドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ(Game of Thrones)』シーズン4ではグレガー・クレゲイン(マウンテン)役に起用も決まった彼の名は、ハフポー・ユリウス・ビョーンソン(Hafþór Júlíus Björnsson)。ネオプレンのアームバンドには「Thor」の4文字が踊る。まさにマイティ・ソーの名にふさわしいストロンゲストマンである。
私もなけなしの筋力振り絞って、一番良く見える最前列に行こうとするんだが、周りは私の頭囲の倍はあろうかという腕っ節の持ち主だらけで結構苦労する。
さすが、ワールド・ストロンゲストマン・コンテストは観客もすごい。みんな彫刻刀で贅肉削り落としたような見事な体躯をしている。
ワールド・ストロンゲストマン(英語ではワールズ)は、世界最強の男を決める怪力コンテストの最高峰だ。スコットランドの団体が1977年に始めた。
競技は丸太上げ(Overhead Log Lift)から冷蔵庫担ぎ(Fridge Carry)まで計20種目。種目の中身は年ごとに微妙に変わる(全種目はDVD『30 Years of Pain』収蔵)が、「巨漢の怪力が超人技をこなして観客を喜ばせる」という基本は変わらない。
体にハーネスをつけて大通りでトラックを引っ張ったりしてるのが、ワールド・ストロンゲストマン。夏季五輪とWWEを足して2で割ると、ワールド・ストロンゲストマンだ。
ワールド・ストロンゲストマン出場選手は、この種の「ストレングス・アスレチック」競技で生計を立てている数十人の選びぬかれたプロ・アスリートだ。彼らは一緒に世界中をまわり、各大会で力を競い、毎年タイトルを奪ったり奪い返したりしてる。
ほぼ全員軒並み背は高い。が、筋肉はつき過ぎてるってほどでもなく、ボディビルダーというよりバスケの選手に近い体をしてる人も割といる。
なにしろ怪力なので、自分の限度がよくわかってないのか、ある選手はウォームアップのとき、プラスチック製のペンキバケツに座ったら重みでバケツが潰れ、笑って恥ずかしそうにキョロキョロ辺りを見回していた。
2011年と2013年の世界一の力持ちは、アメリカが誇るブライアン・ショー(Brian Shaw)だ。身長203cm、体重188kg。コロラド州フォートラプトン育ち。競技を始めたのは割と遅く、8年前の24歳になってから。ウェイトリフティングの大会に出てみたら?と友人に奨められたのがきっかけだ。
親御さんのジェイ(Jay)さんとボニー(Bonnie)さんに話を伺ってみた。息子がチャンピオンになれたのはあの体のデカさより精神力のお陰だ、と語っていた。「あの子は本当に小さい頃から負けず嫌いでね」とジェイさんが言うと、「常にもっと上を目指して勝ちたいって欲があるからな。だからこれは本当に性に合ってんだろうね」」とボニーさん。
他のウェイトリフティング大会と違い、ワールド・ストロンゲストマンになるためにはそれなりにDIYのノウハウが要求される。ジムに通ってラットみたいにくるくる回って励めばそれで用が済む、というのでは全然ない。ヘンテコな、そのくせかなり厳密な、スペック…の競技環境を家に作らないといけないのだ。息子がビール樽放り投げていいように、うちは裏庭を砂場に改造したのよ、とジェイさんは言っていた。「あのデカいアトラスストーン(コンクリート玉)でガレージの床に少しヒビが入っちゃったわ~」
休憩時間。選手はぞろぞろテントに戻り、椅子にまたがって携帯に見入る。そんな中、ボードウォークの方に歩いていく人がいた。マーティン・ヴィルダウエル(Martin Wildauer)だ。
路上には彼と同じボディーハッカー仲間がたくさんいる。ヘッドスピするブレイクダンサー、バックフリップするスノーボーダー、大蛇2匹を首に巻いてはしごで曲芸を披露する蛇使い、赤のSpeedo水着と金の腕輪だけ着けた裸の男。そんな人たちを眺めながら彼が向かったのは屋外ジムの「マッスルビーチ」:ボディービル発祥の地とされる聖地だ。
ヴィルダウエルはオーストリア最強の男。大会がオフシーズンの時は政府の建設部門で働いている。カメラを向けるとポーズをとりながら、実はここに来るのがずっと夢だったんだ、と明かしてくれた。
「ベニスビーチで大会なんて、最高だよ」
マッスルビーチといえば、同郷のアーノルド・シュワルツェネッガーがトレーニングしていたので有名な場所だ。彼にとっては格別の思い入れがある。大先輩にいつか会いたいとも思っている。 「ここの人はみんなアーノルド・シュワルツェネッガーのことは知ってるよね。オーストリア出身だってことも」
袖なしシャツの男がウェイトリフティングをやってる。その唸り声を背に、戦績のハイライトを振り返るヴィルダウエル。「2009年には、みんなで飛行機引っ張ったんだ。50トンぐらいするやつ!」。それも終わると、勝つためには何が必要か、という哲学的な話になった。
「正直、食い物さえあればなんとかなる。あともちろん遺伝子も」
勝ちの80%は自分ではどうにもならない生まれつきのものだ、と静かに語る。だが、遺伝子的に不利でも、彼は競技では遜色なく闘っている。「大会では一番軽い方だし、あのブライアン・ショーみたいな巨体にはなれっこない。あいつは巨人だからなあ。僕は体重約145kg。ブライアンに比べたらゼロみたいなもんさ」
そんなヴィルダウエルの武器は、見る力、競技を振り返る力だ。観察し、戦い方を常に改良している。「オーバーヘッドリフトなんかは、もっとスマートな技を身につけないといけない。ウェイトリフティングの技を使わないと」、「だけどデッドリフトはかなり得意だよ。他のやつらに負けてない」
本日最後の種目は「ビール樽投げ(Keg Toss)」―こんなヘンテコ競技は生まれてこのかた見たこともない。
ビール樽を空中高く放り投げて高さ5mのバーを越えたらクリア、というやつで、最初は一番軽い40ポンド(18kg)の白樽で、だんだん重くなってゆき、最後は重量100ポンド(45kg)の金樽で終わる。
それだけでも充分恐ろしいが、よくよく考えてみたらバーを必ずしもクリアできるとは限らない。つまり投げる方向を間違えれば自分目がけて落ちてくる樽に頭割られないように全力で逃げないといけないのだ。まさに命がけ。
因みに、数メートル先には見物人が数百人もいて、間にはバリケードもない。見る方も命がけだ。
決勝に残った12人が順番に投げる。最難関種目のひとつなことは傍目にも明らか。50ポンド(22.6kg)超える人はいない。1回で全部決まる人はほぼ皆無で、みんな最低1樽はやり直すから、それで時間切れになってしまうのだ。
さすがのヴィルダウエルのデッドリフト技も、こればかりは歯が立たない。100ポンド(45kg)樽以外は全部すさまじい速さで投げていたが、バーがなにしろ高すぎた。
ブライアン・ショーの番がきた。この大会はベストコンディションで望んでいる、とご両親は言っていた。自信たっぷりに最初の樽を掴むショー。固唾を呑んで見守る会場。そして16.5秒後、ショーは樽をホイホイ飛ばし始めた。樽がまだ着地しないうちに次の樽が飛んでいく。見事世界記録更新。
…がしかし、次にはあのアイスランダーが控えていた。胸筋をぴくぴくさせる得意のポーズをとりながら、ビョーンソン、登場。1個目の樽を投げる。あまりにも高く飛び過ぎて、恐怖でビビる私。彼のスピードは容赦ない。樽が空中に上がるたびに観客から悲鳴があがる。たちまち最後の金樽も着地。
全8個クリア、タイムは16.35秒。数分前にできた新世界記録をあっという間に塗り替えてしまった。
ところが悲しいことに、この世界記録だけではタイトルは獲れないものらしい。この翌日の決勝でショーを下し、ビョーソンを振り切って今年の世界一の力持ちに輝いたのは、リトアニアのずんぐりむっくり男ジードルナス・イルガスカス(Zydrunas Savickas)だった。
会場を後にして内陸に向かう。頭の中にはまだあの樽の着地音がこだまする。ふと、強さとは何なんだろう、と考えてしまった。測れるものではないとずっと思っていたが、ああいう古風な障害物コースみたいなのやらせて世界一決めるのもなかなか面白いものだ。
世界のストロンゲストマンに聞いても企業秘密なので、訓練のヒントは筋肉の聖地、ベニスビーチのゴールドジム(Gold's Gym )第1号店で取材した。
ジョッシュ・スキアーズ(Josh Squyres)は元UCLAフットボール部ストレングス&コンディショニング専任コーチで、レンジャー部隊の訓練も担当した経験者だ。その彼が、より強く速くなる8つのヒントを教えてくれた。
マシンは使うなウェイトマシンは見た目はすごいが、力はつかない。「マシン使ってる時は、均衡を保つ筋肉が計算から外れてしまうんだ。マシンが勝手に補ってくれるから」(スキアーズさん)。トレーナーかコーチに頼んで、リフティングの良いフォームの見本を示してもらい、ウェイトベンチでがんばろう。
複合運動に力を入れるリフティングしてる時は、コンパウンドムーブメント(複合メニュー)を心がけ、複数の筋肉のグループを動かすこと。スキアーズさんが勧めるのは、以下4つの基本リフト。デッドリフト、ベンチプレス、オーバーヘッドミリタリープレス、バックスクワット。「動かす筋肉のグループが多ければ多いほど、体に負荷はかかるからね」
85%の法則を守る「強くなるには筋肉が要るが、筋肉はすごい怠け者で、たくさんウェイトかけないと働かない」(スキアーズさん)。彼のお奨めは「1回でこなせる限界の85%でトレーニングすること」という公式だ。だから例えば100ポンド(45.4kg)持ち上げられるなら、85ポンド(38.5kg)に落とす。
重さは増やして、回数は減らす85%の法則は、かなりきつい。重さを増やせば、当然余裕をもってこなせる回数は減る。すごく減る。なので「5回から1回のレンジを目指すこと」(スキアーズさん)
アクセサリは捨てよマシン同様、ウェイトベルトもしない方がいい。「ベルト使うと筋肉から力が奪われてしまうのさ」(スキアーズさん)。「体全体が強くならなくては」。もちろんこれは世界記録破りたい人の話。
プロテイン、プロテイン、プロテイン筋力トレーニングでは食事も大事。スキアーズさんによると、鍵はプロテイン(蛋白質)で、これは大量に要る。鶏、魚、卵、豆、これは全部いい。ステーキには天然のクレアチンが含まれており、摂取するとエネルギーを短期大量放出する際に必要な体内のATP(adenosine triphosphate)が活性化される。クレアチンの粉末を加えたホエイプロテインのミックスもお勧め。
けがは治せ筋肉痛の中には専門家に診てもらう方がいいものも。マッサージ師・カイロプラクターにかかって損はない。もっと深刻な痛みの時は、スキアーズさんの場合、鍼に行く。「けがした時は、鍼で筋肉組織に血が回るので、それで治りも早いんだよ」
よく寝る休養も大事。エネルギー補給のためもあるが、体が勝手につくられるのは休養中だからだ。 「筋肉がつくのは寝てる時だけだからね」(スキアーズさん)。1晩8時間睡眠もいいが、10時間睡眠はもっといい。特にハードなトレーニングの人は。 ジム通いの時間同様、休息の時間も訓練には必須のパートだと心得ること。
Alissa Walker - Gizmodo US[原文]
(satomi)