ディズニーのジャングル・クルーズ「現実は約90%の確率で帰ってこれる」探検家・関野吉晴氏が解説
ディズニーランドの大人気アトラクションを実写映化した映画『ジャングル・クルーズ』が絶賛公開中だ。
同アトラクションは東京ディズニーランドの中でも特に歴史が長く、多くの人にお馴染みの内容だが、本物のジャングルを知る方に案内をしてもらうと新たな発見があるのではないだろうか?
というわけで今回は、紀行ドキュメンタリー『グレートジャーニー』で知られる探検家であり、現在はYouTubeにて「グレートジャーニーをもう一度」シリーズ動画を公開している関野吉晴氏をお招きし、東京ディズニーランドの『ジャングル・クルーズ』を探検家視点からご解説いただいた。
関野 吉晴(せきの よしはる)
■現実のジャングル・クルーズは約90%の確率で帰ってこれる
ーー今回はディズニーランドの人気アトラクション『ジャングル・クルーズ』を探検家の視点からご解説いただきたいと思います。まず「実際のジャングルを船で旅する」というのはどれくらい危ないものなのでしょうか?
ジャングルで死ぬことはほぼないですよ。
90%の確率で帰れると思って大丈夫です。
ーー残りの10%にはどんな危険が……?
一番危ないのは毒ヘビとマラリア、黄熱病、その他の風土病ですね。
ただ、船で旅をしてジャングルに上陸しないということであれば、ほぼ安全と考えて大丈夫でしょう。
ーー上陸しない限りは意外と安全ということですね! 安心しました。ジャングル・クルーズのアトラクションでは様々な動物の姿が楽しめますが、実際のジャングルでもたくさんの動物が見られるのでしょうか?
けっこう見れます。僕も実際にカバやワニを見たことがありますし、運が良かったらジャガーなんかも見れますね。
あと鳥はかなり見つけやすくて、地域によってはワシやコンドルのような大型の鳥も見られます。
「どれでもいいから動物を見て楽しみたい」ということであれば、船は向いていますよ。
ーージャングル・クルーズは「3週間かけてジャングルを探検する」というストーリーのアトラクションですが、この「3週間」という期間はジャングルを探検するのに適切な長さなのでしょうか?
観光だったら十分でしょう。
(探検をもとに)研究をしたり、本を書いたりするのであれば難しいです。
ーーアトラクションでは、32名乗りのエンジン付きボートでジャングルをクルージングしていきます。
船というのは積載量がかなりあるので、3週間ならこのサイズで十分だと思います。
食料だけは足りないと思いますが、川で魚を釣りながら進んだり、川沿いに住んでいる人から買ったりすれば、快適に旅できると思いますよ。
ーージャングル・クルーズのアトラクションでは、船にそれぞれ「アマゾン・アニー」「ナイル・ネリー」のように川の名前と女性の名前をかけあわせた名前がつけられています。
川の名前はわかるのですが、女性の名前がつけられているのはなぜでしょうか?
伝統的なものだと思います。
昔から船の乗組員は男性であることが多く、彼らは船に妻や娘の名前をつけたがるんですね。船に家族の名前をつけることで、一緒に旅をしているように感じるんだと思います。
それに「船」というのはポルトガル語・スペイン語・イタリア語などでは基本的に「女性名詞」です。(※言語によっては名詞を「男性名詞」「女性名詞」という区別して扱うことがある)そのことも関係していると思います。
ーー伝統的に「船=女性」というイメージが強いので、ジャングル・クルーズでもそれに合わせているということですね。
アトラクションでは我々を楽しくガイドしてくれるスキッパー(船長)も人気があります。「給料は1日バナナ10本」とも言われる彼らですが、実際のジャングルで働くスキッパーの経済事情はどうなのでしょうか?
これはどの地域でもだいたい同じで、船を持っているオーナーの給与は高いのですが、雇われているスキッパーの給与は非常に低いです。相当のプロフェッショナルであれば別ですが。
ーー切ないですね。アトラクションのスキッパーも現実のスキッパーもぜひ待遇が改善されてほしいです……。
■キャンプ場がゴリラに襲われているのは人間が悪いことをしたから
ーー続いて、「ジャングル・クルーズ」のメインでもある動物についてお聞きしたいです。アトラクションではゴリラ・ライオン・コブラなどたくさんの動物が登場しますが、実際のジャングルではなかなか見れない動物などはいるでしょうか?
ゴリラですね。これはめったに見られません。
その他の動物は、なにかしらの方法で見ることができる動物です。
ーージャングル・クルーズだとゴリラはかなりカジュアルにうろついていて、人間のキャンプを襲っている様子も見ることが出来ます。
ゴリラは、よっぽどのことがない限り人を襲わないんですよ。
これはゴリラに限らず、すべてのサルがそうです。(彼らからすると)人間は非常に怖いんですよ。
ただゴリラにも、人間でいうところの「家族」に近い存在がいます。なので、その家族が人間にひどい目にあわされたりしたら、復讐するために襲ってくることはあります。
ーーでは、「ジャングル・クルーズ」にいるキャンプ地を襲っているゴリラは、人間になにかひどいことをされた可能性が高いんですね...!
そうですね。こちらから悪さをしなければ野生動物はおとなしいですよ。
ーーなるほど、これから「ジャングル・クルーズ」のゴリラの見方が変わりそうです。動物といえば、アトラクションではカバの群生地から必死で逃げる一幕があるのですが、実際にジャングルでカバに出くわしたらすぐに逃げた方がよいのでしょうか?
カバは肉食ではないので、船で横を通っても襲ってくることはないですが、群れであれば怖いです。
逆に、ワニは種類によっては大丈夫です。水の中にいる限り、襲ってくることはないですね。
ーーカバからは必死で逃げるのにワニには挨拶をするのが疑問だったので、長年の疑問が解けてよかったです!
それから、アトラクションでは「ゾウ」「トラ」「サル」の3つがジャングルの守り神とされています。お守りに使われていたり、神殿に祀られたりしているのですが、この3つの動物が選ばれているのはなぜでしょうか?
それぞれ地域によって聖なる生き物とされている動物ですね。ゾウはアジア全般で、サルはネパール近辺で、それぞれ聖なる動物とされています。
トラはシベリアなど寒い地域では聖なる生き物とされています。ただ、この場合はいわゆる「トラ」ではなくて、ジャガー・ピューマ・ヒョウなど、ジャングル付近に住んでいる大型のネコ科の動物のことでしょう。
アマゾンではジャガー・ピューマ・ヒョウなどのことをまとめて「トラ」と呼んでいます。狩りなどに出かけるときにその「トラ」の牙をお守りにすることがあるので、そこから来ていると思います。
あと神格化されている動物でいくと、南米最強の猛禽類オウギワシなどもいます。トラと共にジャングルの中では食物連鎖の頂点にいる強い動物だからでしょう。
ーー「南米・アマゾン川」「アフリカ・ナイル川」「アジア・イラワジ川」「アジア・ガンジス川」をモデルにして作られたのが「ジャングル・クルーズ」だと言われているので、モデルとなっている地域で聖なる生き物とされている動物をそれぞれ選んできたのかもしれないですね。
■私達の想像以上にジャングルの先住民の生活は激変している
ーーアトラクションでは、ジャングルに住む先住民と出会うこともあります。彼らが使っているカヌーなども見られますが、これは実際のジャングル近辺で見られるものなのでしょうか?
アトラクションに登場するカヌーには、アウトリガー(転覆しないように船の横に取り付ける棒)がついてますよね。
こういうカヌーは、ジャングルのものではないです。
ーーそうなんですね!
こういったカヌーは、川ではなくて太平洋のような風が強い海で使うためのものです。
アトラクションを見る限りだと、柄や色使いも海の方の文化をモデルにされていると思いますね。
実際のジャングルの場合、昔は丸木舟を使っていました。いまは構造船(板をつなぎ合わせた船)にエンジンを付けて使っています。
ーーなるほど。実際のジャングルのカルチャーだけではなく、いろんな地域のカルチャーがミックスされているんですね!
ほかに、アトラクションでは先住民の方の住居や集会所も見ることができますが、こちらのモデルはどこだと思われますか?
住居の模様は民族によってそれぞれ違うので正確な場所はわかりませんが、南米コロンビアなどがモデルではないかと思います。
ーーこちらはジャングル文化をモデルにしているんですね。アトラクションでは10-20名ほどの先住民の集落を見ることができますが、実際には何名ほどで暮らしているものなのでしょうか?
小さい集落であれば、3〜4家族あわせた20名ほどで暮らしています。どれだけ大きい集落でも、150名は超えませんね。
狩猟・採集民の集落では、150人を超えると内部の緊張が高まってもめ事が多くなり、200人近くになると分裂します。
分裂した二つの集落は、敵対関係になりやすいです。
ーー150名を超えるとケンカが起きるというのは人間の性質なんですね、大変おもしろいお話です。
アトラクションに話を戻すと、住居の中には着飾った先住民の方々も見られますがこちらの服装はどこがモデルなのでしょうか?
一番似ているのはブラジルのシングー川と呼ばれる先住民が集まっている地域ですね。
飾りが非常に多彩で、コンゴウインコなどの鳥を使った派手な衣装が多いです。
ーーアトラクションでは先住民の方々にヤリを向けられ、襲われかける一幕もあります。実際のジャングル近辺の方々は友好的か敵対的か、どちらのことが多いのでしょうか?
観光であれば歓迎されると思いますが、かなりの奥地に探検にいくときは警戒されることがあります。
ーーその場合、どう対応するのがよいのでしょうか?
まず、向こうがこちらと接触したいと思っている場合、(住んでいる場所の近くに)必ずわかりやすい印が作ってあるんですね。
なので、そこにナイフやオノといった鉄の道具を置いておきます。
ーーなぜ鉄の道具なのでしょうか?
先住民は、生活に必要なものはすべて自分達で作れるんですが、そんな彼らが唯一自分たちで作れないものが鉄なんです。だから奥地の先住民の村に行きたいときは、必ずギフトとしてナイフ・オノ・ナタといった鉄の道具を持っていくんですよ。
ただ、いまでは鉄を持っていない先住民というのは世界でもゼロに等しいです。アマゾンでも、外の世界と接触していない先住民というのはもう1%もいません。
(国の公用語である)スペイン語やポルトガル語をしゃべれる民族は80%ほどになっていますし、いまは進学して先住民の村を出ていく若者も多いです。
ーーアトラクションからイメージするような”未開”の先住民というのはもはやどこにもいないんですね。
最後に、アトラクションでも人気者の「サム」という先住民についてです。彼はもともとディズニーランド開業時は手に人の首を持っていて、その後バナナを持つようになり、今はお守りを持っています。
「人の首」というのは、エクアドルのヒバロと呼ばれる民族がモデルでしょう。彼らは敵の戦士の首を、干し首にして取っておく風習があるんです。
ところが、それが珍しくて観光客などに売れるようになると、今度はサルで干し首を作るようになりました。外部と接触したことで、先住民の文化が変わってしまった例のひとつですね。
ーーいろいろと衝撃的なお話です。
あとは「サム」という名前もおもしろいですね。
アマゾンの方のジャングルでは、先住民がキリスト教に改宗していて、99%の先住民はキリスト教の洗礼名(※キリスト教徒が洗礼を受けるときにつけられる名前、クリスチャンネーム)を持っているんです。
この「サム」という名前も、そうやってもらったものだと思います。
ーージャングルの実情から、ジャングルの先住民の方々の生活まで幅広くお話を聞けて大変おもしろかったです。本日はありがとうございました!
<関野 吉晴(せきの よしはる)プロフィール>
1949年東京都生まれ。探検家。文化人類学者。医師。武蔵野美術大学名誉教授。1975年一橋大学法学部卒業。1982年横浜市立大学医学部卒業。1999年植村直己冒険賞受賞。2000年旅の文化賞受賞。2013年 国立科学博物館(特別展)「グレートジャーニー・人類の旅」開催。2002~2019年武蔵野美術大学教授(文化人類学)1971年アマゾン川全域を下る。その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって、アマゾン川源流や南米への旅を重ねる。1993年から10年の歳月をかけて約5万3千キロの「グレートジャーニー」、その後、アフリカで生まれた人類が日本列島にやって来た主要3ルートを歩いた。
現在、モルフォセラピー医学研究所所長、ダヴィンチクリニック渋谷・院長(2021年1月より)、結羽治療院阿佐ヶ谷非常勤医師、麻布医院及び多摩川病院非常勤医師、武蔵野美術大学名誉教授(人類学)、地球永住計画代表、そして探検家。YouTubeにて「グレートジャーニーをもう一度」を毎週土曜日に配信している。