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なぜ「パーセプション」に着目するのか――『The Art of Marketing マーケティングの技法』

マーケティング活動の進化と複雑化

スマートフォンの普及に端を発し、感染症の流行など近年の環境変化を経て日常生活のデジタル化が急速に進んでいます。センサーやデータ技術の進化によって、テクノロジーやサービスは日々アップデートされています。

消費者行動のデジタル化はマーケティングのデジタル化を促します。新サービスやツールが次々に生み出され、テクノロジー企業やサービスを示したカオスマップは複雑化する一方です。ところが、一つひとつの施策の効率や効果が高まったとしても、マーケティング活動全体の成功に結びつかないことがしばしば起こっています。部分最適の延長線上に、必ずしも全体最適があるわけではないのです。最新のサービスを導入したものの、既存の活動と連動しづらく、成果がうまく出ないこともあります。接点が増えることで、各活動の影響力は相対的に下がり、単発の施策や広告活動では、ブランドを構築しにくくなってきました。

その一方で、多様な接点やツールをうまく連携し、マーケティング活動全体の最適化が実現すれば、その効果と効率は部分最適な活動と比べて飛躍的に高まるようになったといえるでしょう。

活動の組み合わせが複雑になったことで、ひとつの広告会社にすべてのマーケティング活動を依頼することは効率的ではなくなってきました。もはや全領域を得意とする万能の広告会社は期待しにくいからです。複数の広告会社やパートナーと協働することが、ブランドの競争力を高く維持するために欠かせません。

言うまでもなく、「新兵器」としての新テクノロジーや新サービスの導入は、競争で優位に立つために不可欠です。そのためには、部分最適の運用ではなく、マーケティング活動全体を俯瞰する能力が必要です。事業コストの効果的な管理のためには、原材料が製品となり消費者の手に届くまでの、バリューチェーン全域を俯瞰するのが有効です。同様に、マーケティングやブランディング活動の効果的な管理のためには、消費者の認識(パーセプション)を中心に、活動全体を俯瞰するのがとても有効です。

本書は、こうした複雑化する環境下で、ブランドマネジャーやマーケティングチームが現状認識や将来像を共有し、市場創造やブランド構築を計画・実行し、的確な判断を下すために活動全体を俯瞰する「技法」を紹介するものです。そして、そのマーケティングの技法こそが「パーセプションフロー・モデル」です。

パーセプションフロー・モデルとは

パーセプションフロー・モデルは、消費者の認識(パーセプション)変化を中心としたマーケティング活動の全体設計図です。マーケティングの4P、すなわち製品、価格、流通・店頭、施策などの全活動を図示するので、各活動が的確に配置され、連携し、全体最適を実現するのに有効です。

 なぜ「パーセプション」に着目するのか――『The Art of Marketing マーケティングの技法』

パーセプションフロー・モデルは、消費財のブランドマネジメントに携わっていた筆者が考案、命名したものです。1990年代末にP&Gの日用雑貨ブランドが、日本市場でブランドマネジメント用のツールとして使いはじめました。洗剤から消臭剤、紅茶などの食品、そして国内外の化粧品へと展開されました。その後、アルコール飲料、自動車、オートバイ、医薬品、家電、住宅など、適用範囲を大きく広げていきます。学習塾や通信教育、保険、IP(知的財産)、アプリ、電力会社、放送局などの無形のサービス、D2CやBtoB領域への適用も進んできました。外資系企業のブランド組織からはじまりましたが、近年では多くの日本企業でも運用されています。「高頻度で繰り返し購入される日用品」から「低頻度で関与度の高い耐久財」まで、また伝統的な大企業から新興企業にいたるまで、広範な事業領域で成果を発揮し、重用されています。

適用範囲の拡大につれて進化を重ね、実績とともにバージョンアップしてきました。初期の運用は経験を積んだマーケターに限られていましたが、適用領域が広がるにつれて研究と改良が進み、より多くのマーケターたちにとって使い勝手のいいマーケティング・ツールへと変化してきました。本書は、そうしたすべての経験と知見を整理し直し、凝縮し、一冊にまとめた初の書籍です。

パーセプションフロー・モデルは、製品や流通経路、販売の視点から「どのように売るか」という旧来型のアプローチではなく、消費者の視点から「どのように欲しくなり、満足するか」を考え、可視化します。1章で例示するように、ブランドの育成だけでなく市場創造にも重要な役割を果たしてきました。また、消費者を中心とした諸活動の可視化は、部門間でも共有しやすく、消費者中心の組織構築や文化醸成にも大きく貢献しています。

パーセプションフロー・モデルには数多くの優れた特徴があります。未来の消費行動を促す消費者の「認識の変化」に着目するのは、既存の消費行動を描く一般的なカスタマージャーニー・マップとは大きく異なる点です。ブランドが目指す未来像を「全体設計図」に表すことで、複数の部門やパートナー(広告会社、PR会社など)、多様な新技術など多くの要素をうまくオーケストレイト(統合)しやすくなるでしょう。環境変化や施策の変更があった際に、素早く修正して関係者に共有することも容易です。

はじめにパーセプションありき

パーセプションフロー・モデルに含まれる重要な概念である「パーセプション」について、ここで少し説明しておきます。

パーセプション(perception)という言葉は、英語の辞書では「知覚」となっていますが、マーケティングの文脈に限るとむしろ「認識」の方が的確なようで、「認識」とも「知覚」とも理解できます。

本書では、「認識」は消費者が頭で理解したり心に思ったりしていること、「知覚」は消費者が五感などを通して感じとること、と解釈することにします。感覚器でとらえた「知覚」を脳が解釈し、意味を理解した状態が「認識」です。蚊の飛んでいる羽音を聴覚がとらえ、腕にかゆみを感じたら、このふたつの知覚から「近くに蚊がいて、自分は刺された」と認識する、という具合です。

認識と知覚の理解は、「なにを言うか、どう言うか」という送り手の視点だけでなく、「どのように聞かれて、どのように理解されるか」という受け手の視点をもつことにもつながります。

(続きは本書をご覧ください)

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音部大輔(おとべ・だいすけ)株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長を、マーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。消費財や化粧品をはじめ、輸送機器、家電、放送局、電力、D2C、医薬品、IP、BtoBなど、国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学・神戸大学)。著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。

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