17

Jul

「“ライフスタイルを変えるような家電”に出会う場所」蔦屋家電が大切にする店舗体験とは - XD

「家電」にはライフスタイルを変える力がある

改札口を出ると、二子玉川公園まで続くなだらかな歩道沿いに商業施設やオフィスビルが建ち並ぶ。「二子玉川ライズ」の低層棟の一角にある蔦屋家電は、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、CCC)が手がける新業態として2015年にスタートした。1983年創業のCCCは「世界一の企画会社」というビジョンのもと、さまざまな事業を立ち上げてきた。「TSUTAYA」として知られるレンタル事業をはじめ、2003年に共通ポイントサービス事業「Tポイント」を、2011年には「蔦屋書店」を中核とする生活提案型商業施設「代官山 T-SITE」をスタートし、大型書店事業に参入。図書館をはじめとした公共サービスも展開している。CCCの意図する「企画」とはつまり、「ライフスタイルに革命を起こすような仕組み」を指す。かつてビデオレンタルが人の余暇の過ごし方を変えたように、さまざまな事業を通じてCCCが行っているのは、「ライフスタイルの提案」。それを体現するもののひとつが「蔦屋家電」だ。「家電にはライフスタイルを大きく変える力がある」と砂山氏は言う。

カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 蔦屋書店カンパニー R&D企画事業本部 兼 マーケティング企画室 室長 兼 蔦屋家電事業部 セールスプロモーションユニット ユニット長砂山夏美氏

砂山氏「ものがあふれ、人々が真の豊かさを求めていく中で、従来の分類方法で本を並べたのでは、思うようにその価値は伝わりません。これからはCCCとして、『編集されたものの価値』を提供していきたいという思いがありました。ライフスタイルに焦点を当て、それに合わせた本や雑貨を提案する、という考え方です。そして本や映画といったコンテンツと同様に、家電にはライフスタイルを一変させる力があります。冷蔵庫や掃除機、テレビ、オーディオ……そしてスマートフォンと、新しい家電が生まれるたびに、人の暮らしは大きく変わってきました。そこで家電の領域に入り、家電店という業態にイノベーションを起こそうと決めました」出店場所を模索していたところ、二子玉川駅前の再開発に際し、CCCに声がかかる。住民アンケートを取ったところ、「この街に欲しい施設」として1位に「映画館」2位に「家電量販店」が挙がったのだという。住民から期待が寄せられる中、蔦屋家電がオープンした。

「対話」から引き出されるそれぞれに合ったライフスタイル

「家電店」と言っても、煌々と灯る蛍光灯の下で、商品のジャンル別にプライスやスペックを打ち出して販売する一般的な家電店とは異なる。蔦屋家電は、書店とカフェ、そして家電店が一体となった全く新しいスタイルの店舗だ。「食」「旅」「美容」などのライフスタイルに合わせて空間が作られ、訪れる人の興味を惹きつける。居心地のいい店内で、好奇心がかき立てられる。

「食」をテーマにしたエリアには、レシピ本や食にまつわるエッセー、マンガ、小説が並ぶ。隣接した家電コーナーでは、独自の視点でセレクトされた冷蔵庫やトースター、電子レンジなどの家電が、空間に馴染むように美しく置かれている。テーブルにはコーヒーマシンやコーヒーミル、コーヒー豆に関連書籍など。家電を「どんなシーンで利用するか」を、容易にイメージすることができる

蔦屋家電を訪れるのは、地元・二子玉川に暮らす人々を中心に、知的好奇心の強い中高年層や教育に熱心なファミリー層、ワーカーなど年代や属性はさまざまだという。だが、共通しているのは「真の豊かさを求めていること」だと砂山氏は話す。砂山氏「値段や機能性にとらわれず、『本当に自分が良いと思えるものを見つけたい』『何か新しいものが欲しい』と考えて来店される方が目立ちます」蔦屋家電を訪れる顧客の多くは、必ずしも明確な目的を持っているわけではないという。何か良い本を探しに、あるいはカフェで一息入れるついでに店を訪れ、店内で過ごすうちに家電に興味を抱く──。そんな「偶然の出会い」があるのは、蔦屋家電が「ライフスタイルを買う家電店」を標榜し、それをさまざまな角度から実現しようとしているからだ。まずそこで大きな役割を果たすのが、「コンシェルジュ」と呼ばれる専門スタッフだ。各ジャンルの知識や経験を有し、さまざまなバックボーンを持つ。例えば食のエリアには、飲食業界で働いていた人、学童保育で食育に携わっていた人、家電量販店出身の販売のプロの人はもちろん、子育てが一段落した主婦の人もいる。接客や販売の知識以上に重視しているのは、いち生活者としての視点だ。砂山氏「生活者としての実感が、ご提案にもつながると考えています。新製品を導入する際は、メーカーの方に勉強会を開いていただいています。その様子を撮影し、何度も振り返りながらチームでも引き継いでいく。さらにはコンシェルジュ自身が製品を試し、使ったうえで接客をしているんです。お客さまに『あなたは使っているの?』と聞かれても、自信を持ってお答えできます」店内の清掃には、販売製品と同じ掃除機を用いて日々使い心地を体感し、新しい調理家電を扱うときは休憩室で調理をし、スタッフみなで味まで確認する。コンシェルジュが“最初の顧客”として家電を使うことで、実体験に基づいたアドバイスができるのだ。

2019年に蔦屋家電内にオープンした次世代型ショールーム「蔦屋家電+」。クラウドファンディングやD2Cで注目を集めるプロダクトなどを実際に見られる場として機能している。スタッフのKPIとして「顧客と話すこと」を設定し、顧客の声を重視している

こうした専門知識や経験を踏まえながらも、あくまで接客において重視するのは顧客との「対話」である。家電量販店では、メーカーから販売員が派遣されていることも多く、中には自社商品を売り込もうとするケースもある。蔦屋家電ではメーカーの販売員は売場に立たず、顧客に製品を案内する業務はすべてコンシェルジュをはじめとしたスタッフが担う。メーカーに忖度することなく、フラットな立場で幅広い提案ができる。そこで繰り広げられるのは、売るために機能や価格をアピールするような会話ではなく、顧客のニーズを引き出すための「対話」。コンシェルジュは顧客の話を聞きながら、一人ひとりに合ったライフスタイルや家電を提案する。顧客はストレスを感じることなく、話そのものを楽しむことができるのだ。新しいライフスタイルや「暮らしが変わる」ような家電に触れ、結果として購入することにもつながる。たとえば、最近よく顧客との話題にものぼるという『Cuzen Matcha』。一般的な接客では「抹茶を淹れるマシンで、水を入れてスイッチを押せばすぐに出来上がりますよ」と、機能説明に終始するだろう。蔦屋家電のコンシェルジュなら、顧客の「最近、リモートワークで一日中家に居るんだ」という言葉に対し、こんな提案をする。「一息入れるにはコーヒーも良いですけど、飲みすぎると疲れますよね。最近、欧米では緑茶がブームになっていて、カフェインの吸収も穏やかなんですよ。抹茶を淹れる時間が、心を落ち着けられるものになったら素敵ですよね」と。砂山氏「商品を“もの”としてそのまま伝えるのではなく、それを取り入れることで暮らしがどう変わるのか。そのシーンをイメージしてもらえるような提案を心がけています」

店舗ではライフスタイルやものとの偶然の出会いがある

コンシェルジュと並び、「ライフスタイルを買う家電店」に欠かせないのは、そのユニークな商品構成だ。蔦屋家電には、海外の美しいプロダクトや日本で愛されるロングセラー、今まで見たことのない新製品など、デザインと機能に優れた商品が厳選されている。家電を通して、これまでとは違う新たなライフスタイルを売る。そんな考えのもとに構成されている。商品を選ぶのは蔦屋家電のバイヤーだ。国内外の展示会に足を運び、デザイン性と先進性、他にない新しさを軸に、発掘し買い付ける。売場づくりを担当するコンシェルジュと連携しながら品ぞろえを決めていくという。蔦屋家電の商品選びの基準は「その商品があることでライフスタイルにいい影響を与えられるもの。お客さまの生活を一変させられるもの」と砂山氏は言う。砂山氏「蔦屋家電にあるのは、ライフスタイルを変えるような家電。だからこそ、一般的な家電店のような品ぞろえは求めず、蔦屋家電が本当におすすめしたいものだけに絞っています。例えば冷蔵庫は、海外メーカーのものしか置いていません。提案性と世の中の売れ筋のバランスを取りながら、蔦屋家電らしい商品選びを心がけています」また、蔦屋家電では約1カ月半ごとに全館でテーマを決めてフェアを開催。テーマに合わせて蔦屋家電のユニークな商品が各エリアのコンシェルジュによってキュレーションされている。たとえば「整える」をテーマに、食のコンシェルジュは「酵素玄米を美味しく炊ける」炊飯器を、美のコンシェルジュは「ボディメンテナンスを習慣づける」マッサージアイテムを紹介。そのほか、店内にビジュアルプレゼンテーションポイントを設置し、利用シーンが楽しく伝わるような商品を展開している。砂山氏「コンシェルジュがじっくりと話を伺うだけでなく、蔦屋家電にふらりと立ち寄って、店内を歩くだけで直感的に求めるライフスタイルと出会えるような仕掛けができたらと考えています」「ライフスタイルを買う家電店」を構成するもう一つの要素は、「居心地」。思わず長居をしたくなるわけは、住居を模した店内の演出にある。砂山氏「家電を実際に置くのは家の中ですから、家で使うイメージが湧くように店内を表現しています。住居に近い雰囲気づくりが、居心地の良さにつながっているのかもしれません。居心地の良さは、『また来たい』という気持ちにつながりますよね。『お店に来る楽しさ』をお客さまに提供することは、リアル店舗として大事なことだと思います」

床や壁は住宅に使われる材質を採用し、ソファやグリーンを配置。照明は薄暗くし、壁にはアートが飾られている

コンシェルジュとユニークな商品、そして居心地──。この3要素が「ライフスタイルを買う家電店」を体現している。世の中にまだあまり流通していない商品や、目利きの人たちの間で評価されている商品を、コンシェルジュの視点を織り交ぜて、居心地の良い店内で提案する。この3つの掛け合わせが「ライフスタイルを買う家電店」を形づくっているのだ。

リアル店舗だからできる「体験」と「発見」

開業して6年、蔦屋家電はアップデートを重ねてきた。2019年4月に次世代型ショールーム「蔦屋家電+」をオープン。最新のテクノロジーを駆使した家電をはじめ、優れた技術のもとに開発された日用品など、世界中のユニークなプロダクトに触れることができる場所として注目を集めた。2021年2月には「SHARE LOUNGE(シェアラウンジ)」をオープン。シェアオフィスのようにパソコンを持ち込んで作業をしたり、オンライン会議をしたり、本の閲覧や、フリードリンク・スナックを楽しめる。ここまでは系列店の渋谷スクランブルスクエアのシェアラウンジと同様だが、蔦屋家電では「家電レンタル」を独自に行っている。シェアラウンジを利用している間、前述のCuzen Matchaをはじめ、“クローゼット型衣類乾燥機”『LG styler(LGスタイラー)』など30種類以上の家電をじっくりと試すことが可能だ。例えば、骨伝導型イヤホンをレンタルしてオンライン会議に臨んだり、仕事に疲れたらマッサージチェアで休憩をしたり、小腹がすいたらトースターでパンを焼いて食ベてみることもできる。シェアラウンジで家電を十分に体験し、気に入ったら店頭で購入を──。セレクトされた商品の中には、かなり高額なものもある。だからこそ心ゆくまで試して、満足できると思ったものを購入できるのは、リアル店舗である蔦屋家電の価値である。デジタル化が加速しているが、リアル店舗にしかできないことはあると砂山氏は言う。蔦屋家電のコンシェルジュと商品、居心地の3つの要素が作り出すのは「体験」と「発見」。体験も発見もデジタルで代替できる部分はもちろんあるが、「よりリッチに提供できるのは、リアル店舗だからこそ」と砂山氏。砂山氏「蔦屋家電は決して品ぞろえのいい店舗ではありませんが、訪れていただくたびに何か発見があるような店舗でありたいと思います。お客さまには、商品を実際に体験して、コンシェルジュの接客を通して『蔦屋家電ですすめているから間違いない』と納得していただけることを目指したいですね」お店には完成はない──。近隣の二子玉川の住民をはじめ顧客に愛されてきた蔦屋家電。今後も新しい取り組みを重ねてリアル店舗の価値を引き上げ、「また来たい」と思われる場所をつくる。家電を通してライフスタイルを“買い”、自身のライフスタイルが“変わる”。コンシェルジュと商品、居心地がつくる蔦屋家電は、これからも変化をし続けていく。執筆/鈴木有子  編集/大矢幸世 撮影/須古恵TweetTSUTAYAライフスタイル家電蔦屋家電蔦屋書店